| 八坂社最大の神事である夏の神幸祭は、昔から
神輿渡御の儀式があり、その初めは 貞観十一年(869)に京の都をはじめ日本各地に疫病が流行したとき、「これは祇園牛頭天 王の怒りである」として、平安京の広大な庭園であった神泉苑に当時の国の数、六十六ヶ国 にちなんで六十六本の鉾を立て、祇園の神を祀り、さらに 神輿を担いで災厄の除去を祈った ことに始まるといわれています。 しかし、当地区における八坂社祭礼神幸祭の歴史においては、古文書等の文献は少なく、 古老たちの口承においてではあるが、三百年とも五百年ともいわれる古い祭りである。 現在は七月十五日から二十二日の一週間の夏祭りに、 神輿係と町内の青年(桜睦會) が 神輿を担ぎ、 神輿歌、お囃子とともに町内をまわり地区毎に 神輿を下ろし、地区住民の 家内安全が祈願される。 二十二日夜十時、町内をまわり終えた 神輿が帰社(宮入)を迎える。夏祭りの圧巻である。 町内の青年(桜睦會)が 神輿歌と勇ましい掛け声で担ぐ、柳橋・葛生の二台の山車が 神輿 の後につづき、いつまでも町内に留めるようとする。勇壮な中にも神人和合の情景がくりひろ げらえる。 |
| 御神は 神輿とも書き、遷宮または祭礼のときの御霊を奉安して新宮あるいは御旅所 (おたびしょ)に移するときに用いる輿のことであるが、 神輿の機能は本来、聖なる場所 への奉祀・遷祀するためのもので、神幸と深く関連する。その内容を分類すれば、 一、移御・・・神殿の再建や修理 二、渡御・・・祭事で御旅所に往還 三、勧請・・・遠方より神を移し祀る のようになります。この意味で、 神輿は御霊が本社から他所に渡御する際の乗り物と定義 することができる。 古くは幣串を御霊の依代として、浄闇裡に由緑の地に神幸がなされていたが、祭礼が 日中に行われるようになって、 神輿による渡御が普遍化したものと考えられる。 神輿の起源について『神道大辞典』・『国史大辞典』はともにその起源を不詳としすでに 奈良時代には用いられていたと考えられるとしている。 |



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